ある日、鮎を、特に天然の鮎を食べたいと思い、私は釣りに出掛けます。
天然の鮎は、澄んだキレイな川にしか生息していないので、私は遠く離れた川に出掛けます。
途中には鮎の養殖場がありましたが、通り過ぎました。
ようやく川に到着して、釣りを始めますが、中々釣れません。
やっと釣れたと思いましたが、それはイワナでした。
隣で釣りをしていた人がイワナもとっても美味しい魚だと言ってくれましたが、私はそれを逃します。
日が暮れてその日、鮎は釣れませんでしたが、私は満足して家に帰ります。
別の日、私はまた遠くの川に出掛けます。
ようやく到着しましたが、雨が降ってきてしまい釣りはできませんでした。
食堂では昨日釣れた天然の鮎が塩焼きにされていましたが、私はそれを食べずに帰ることにしました。
また別の日、私は同じ川に出掛けます。
その日は晴天、鮎もシーズンなので絶対に釣れると漁協の人は言ってくれました。
案の定、私はすぐに鮎を釣ることに成功しました。
まだまだ釣れそうでしたが、私はその一匹で終了して、早速、炭火で塩焼きにしてもらいました。
焼き立てを口に入れた時、私は幸せを掴み取った気分に興奮します。
でもそれも一瞬の出来事。
鮎が私の口に入っていくごとに、私はだんだんと虚しくなります。
自分の気持ちが冷めていくのが分かるのです。
そして今まで聞こえてこなかった、川の流れる音、セミの鳴き声が私の耳に入ってきます。
いつもそう、手に入れてしまったら、それが最後。
帰り道にある養殖場を見つけた時、ここで良かったねと拗ねる私。
けれどもまた次の日、私は別の川に意気揚々と出掛けていくのでした。
おしまい。